2020年ありがとうございましたm(__)m
残業続きの修羅場は年末で終了し、年明けは多少楽になると思っていたのに、まさか休みに入る直前に部署内でインフルエンザが流行ってしまうのは想定外だった。
ダウンした同僚分の仕事は否応なしにこちらへ回される。
インフルエンザに罹った事があり罹った時のつらさはよく分かっている。そのため、伏せっているだろう同僚達を責める気は起きない。
だが、人に仕事を押し付けて定時に帰って行った上司と、インフルエンザ発症一号で、咳をしているのにマスクもせずにウィルスを撒き散らしてくれた後輩には恨めしい感情が生じてくる。
いっそのこと自分も倒れたらゆっくり休めるのじゃないか、とすら思ってしまう。
節電のためにと、残業をする彼女のデスクまわりを残して消灯された部屋に、カタカタとキーボードを打つ音が響く。
「お腹空いた、かな」
デスクの引き出しからお徳用ちろるチョコを取り出して、佳代子は溜め息を吐いた。
冷え対策に使っている電気膝掛けの熱がデスクの引き出しへ伝わり、ちろるチョコは溶けてぐにゃぐにゃになっていたのだ。
食べるのを諦めて引き出しへチョコを仕舞う。年明け、出勤した時に冷えて固まったら食べればいい。
引き出しを閉めると同時に、カチャリ、とドアが開く音がした。
「……えーと……どうしましたか?」
何故こんな時間に、この場所にこの人が来るのか。
何時もは後ろへ撫で付けている前髪を下ろし、切れ長で整った顔立ちで数多の女性を虜にしている上司、次期副社長候補と周囲から囁かれている会社の創設者一族のエリート、蕪城敬人が扉から室内へ入って来た。
疲れ過ぎて目がやられてしまい上司の幻覚が見えたのかと、佳代子は乾燥した目を瞬かせた。
「忘れ物、ですか?」
以前、佳代子それなりに仲良くしてくれている同僚、兄である上司の彼とルームシェアをしている蕪城隆が「家に女を連れ込んだ」と怒っていたから、また兄弟喧嘩をしたのか。
大晦日くらい仲良くすればいいのに。まだ残業している佳代子が居るのだから、時間潰しはいっぱいいるらしい彼女の家でしてくれ。
心の声が漏れたのか表情に出ていたからか、敬人は目を細めて意地の悪い笑みを浮かべた。
「この俺が忘れ物をしたり、兄弟喧嘩の度に仮眠室を利用するとでも思っているのか?」
「違うのですか?」
「今夜は、一族揃って年末の食事会だった。爺婆に結婚しろと言われるのが面倒になって、弟に押し付けてきて抜けてきた」
インフルエンザで病欠中の同僚の椅子に敬人が座った瞬間、同僚のデスクに積まれた書類の束が崩れる。
「面倒って、抜け出したにしても何で此処に?」
彼女の家へ突然転がり込んでも、彼ならば迷惑がられそうもないのに。それか、会社よりも綺麗なお姉さんがいるお店にでも行けばいいのに。
「飲みに行く気分でも無かった。それと、隆からお前が残業だと聞いていたからな」
「えっ?」
「隆からだ」
ひょいと渡されて反射的に受け取ったビニール袋には、漆塗りのお弁当箱が入っていた。
「うわぁー! 差し入れ!? ……嬉しい……」
空腹感と一人きりの残業での寂しさで萎えていた気持ちが一気にあたたかくなる。
お弁当箱の蓋を開ければ、お握り二つ、さつまいもの甘露煮と肉団子。さらに敬人は、ジャケットのポケットからホットコーヒーの缶を取り出し佳代子へ手渡す。
彼等の心遣いが有り難すぎて、唇をきつく結んた佳代子の視界は涙で歪んでいく。
「で、残りはどれだ」
お握りを咀嚼している最中に問われたものだから、佳代子は慌てて口の中の物を飲み込んでから答える。
「えっと、そこの上にある分……」
自分のデスクに置いてある棚の上の書類を指差す。
答えている途中に立ち上った敬人は、指差した書類を手にしてパラパラと捲ると、顔を上げた。
「……病欠以外の者の分も紛れてあるな。体よく押し付けられた、ということか」
「えっそうなの?」
何時も先輩方から手渡されるまま残業していたせいか、指摘されるまで全く気が付かなかった。
(もしかして、何時も良い様に利用されていたんじゃ……)
同僚達の自分への扱いについて気付いてしまい、軽く落ち込んでいる佳代子を敬人は心底呆れた様子で見下ろす。
「確認も反論もせずに了承するとは。本当に阿呆、だな」
ごもっともな言葉過ぎて何も言えない。何だか真面目に仕事をするのが馬鹿らしくなってきた。
言葉に詰まる佳代子を尻目に、敬人は持参していたビジネスバッグからノートパソコンと眼鏡ケースを取り出した。
「何……?」
「フン、俺がやればこの程度なら早く終わる」
次期副社長候補の宣言通り、仕事はきっちり一時間程で終わった。
あまりの手際の良さにぼけーっと見惚れてしまう程、悔しいくらい仕事の顔をしている敬人はカッコイイ。仕事中の冷徹鬼畜な顔と、隆から愚痴混じりに聞く女性関係の派手さを知らなければ、うっかり惚れてしまいそうだ。
やはり、この男はただの冷徹鬼畜な上司では無かった。仕事がものすごく出来る男だったようだ。
「貸しが出来たな」
「ありがとうございます。本当に助かりました」
素直に頭を下げて感謝の意を伝えれば、敬人はニヤリと口の端を上げて笑う。
「クッ、構わんさ。そのうちお前の身体でこの分は払ってもらうからな」
からかわれる
(えっ、体で? 冗談……だと、思いたい……マジで)
「身体って肉体労働すればいいですか? 倉庫の掃除とか」
「では、一晩中肉体労働でもしてもらおうか」
「いえ。健全な肉体労働でお願いします」
「同じベッドの上で年越しを迎えるのもいいな」
「お断りします」
なるべく動揺せずに淡々と答える佳代子と対照的に楽しそうな敬人は印刷した書類をファイルに纏める。
デスク周りを片付け、帰宅準備をしている時に除夜の鐘が聞こえ……二人は顔を見合わせた。
「明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます」
今年は良いことがありますように。
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最後までお読みいただきありがとうございました。(*'ω'*)
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えむ (金曜日, 01 1月 2021 00:49)
明けましておめでとうございます�お年玉をありがとうございます!!続きがとっても気になりますーーぜひ読みたいです( ☆∀☆)今年も作品、楽しみに待ってます("⌒∇⌒")